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Blog 2015年1月アーカイブ

オリーブ少女と言う時代背景

手作りお菓子

手作りのお菓子を作れる少女って実際にはお母さんが料理が得意とか料理好きの家庭の女の子が多いわけです。しかし・・・・1980年代、一部のお洒落さんたちはお菓子作りに挑戦した子が増えました。これは、彼女たちのこだわりなんですよね。美味しいものをつくるということよりも可愛いものを作りたい。お菓子屋さんでは売っていないお洒落なものをつくりたいと思っていた少女も数多く存在したのですよ

趣味とか興味ってセンスを磨いていきます。好きがこうじてパテシエになってしまった80年代当時の少女も存在するくらいです。ベルギーとかパリとかに憧れて留学してお菓子つくりを学ぶなんてことも1980年代〜90年代の半ば頃まで多く存在したんですよね。

齋藤 嘉弘さんの写真
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オリーブ少女と言う時代背景

ピカルディと言うグラス

1980年代当時はこのピカルディはお洒落さんの少女たちの間では話題のカップでした。現在ではどこでも購入できる商品となったのですがね。いや逆に現在ではピカルディ以外のコップを使用したいと思うほど出回りすぎてしまいました。カフェでもピカルディを使用していると今ではなんかセンスない!なんて思う事もしばしばありますね。1980年代〜90年代の少女は自分で自宅使用のコップひとつでもぬかりがなかったと言うことなんですよ。このコップを求めて広尾あたりの雑貨店に足を運んだ少女が後をたちませんでした。それほど当時はこのデザインがシンプルでしかもフランス製ともあり人気だったと言うことなんですよ

「ピカルディ」はフランスのサンゴバン社という国営ガラス工場が1939年に強化ガラスタンブラーを製品化するに伴い設立しました、DURALEX社の数ある業務用グラス製品の中のシリーズのひとつです。 DURALEXはその後サンゴバン社の民営化などの変遷を経て、現在ではイタリアのガラスメーカーBormioli Rocco(ボルミオリロッコ)グループのブランドとして世界中に流通 しています。 生産はフランスまたはスペインの直営工場のみで行われており、グラスの底面 には必ず「Duralex Made In France」または「Duralex Made In Spain」と刻印されています。

齋藤 嘉弘さんの写真
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オリーブ少女と言う時代背景

オリーブ少女の時代

ネオアコと言うブーム

ネオアコなんてブームが80年代後半あたりにあったわけですよ

ネオアコとはね、ポスト・パンクの流れから派生した音楽ジャンルですね。スタイルのひとつでもあります。ネオ・アコースティック (neo acoustic) の略称です。ネオアコと言う言葉自体は和製英語であり、欧米では通用しない言葉でもありますよ。

1980年代のお洒落少女はこのてのアーティストを探し出すのが得意でした。なにしろインディーズのレーベルからの発売のアーティストも多かったですからね。90年代のシューゲイザーも同じでインディーズからの発売が多いので,自分でみつけたお気に入りのアーティストを友達に自慢気に話すなんてよくあったんですよ。ネオアコと言えば、エブリシングバッドザガールとかウィークエンドとか今聴いても素敵なサウンドですね。

自分みたいなROCK野郎は1980年代当時はレッドツェッペリンってね!なんて語ると、このてのお洒落さんたちには敬遠されがちだったので70年代ロックの話なんて当然できなかったし、それよりもネオアコもこの手の女の子たちよりも詳しくなっていったものでした。

齋藤 嘉弘さんの写真
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オリーブ少女と言う時代背景

オリーブ少女の時代

ネオアコと言うブーム

ネオアコなんてブームが80年代後半あたりにあったわけですよ

ネオアコとはね、ポスト・パンクの流れから派生した音楽ジャンルですね。スタイルのひとつでもあります。ネオ・アコースティック (neo acoustic) の略称です。ネオアコと言う言葉自体は和製英語であり、欧米では通用しない言葉でもありますよ。

1980年代のお洒落少女はこのてのアーティストを探し出すのが得意でした。なにしろインディーズのレーベルからの発売のアーティストも多かったですからね。90年代のシューゲイザーも同じでインディーズからの発売が多いので,自分でみつけたお気に入りのアーティストを友達に自慢気に話すなんてよくあったんですよ。ネオアコと言えば、エブリシングバッドザガールとかウィークエンドとか今聴いても素敵なサウンドですね。

自分みたいなROCK野郎は1980年代当時はレッドツェッペリンってね!なんて語ると、このてのお洒落さんたちには敬遠されがちだったので70年代ロックの話なんて当然できなかったし、それよりもネオアコもこの手の女の子たちよりも詳しくなっていったものでした。

齋藤 嘉弘さんの写真
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オリーブ少女と言う時代背景

オリーブ少女の時代背景


薄化粧

ナチュラルメイクってなんですか?なんて思う女子も多いと言うのが実際の話なんですよ。と言うのは男性からみれば女子は誰しもメイクするから当然のように思っているわけですが、メイクのスクールにいったとて、その意味あいは曖昧でもあるわけで、ましてや幾どの女子が自己流なわけですよ。

1960年代からメイクが濃いのは男子にとって苦手な人が多いのですが、女子にしてみれば目を大きくしたいとかまつ毛を長くしたいとか、男性にはわからない美へのあくなき追求ってものがあるわけです。1980年代当時のお洒落女子は今で言うところのギャル系(当時はヤンキー)の濃い化粧に対し薄化粧を好む傾向がありました。お洒落さんたちはモテたいという意識よりも個性を大切にしたいという捉え方が多かったからですよね。

どの時代も男性に人気なのが「ナチュラルメイク」。あまりにも濃すぎるメイクよりも「もしかしてスッピンなのかな?」と思うぐらい自然で薄い化粧の方が好感度は高いはずですなのです。

しかし、ただ薄ければいいというわけではありませんよね。ナチュラルで薄い化粧なのに綺麗に見えるというのが理想です。それには様々なコツが必要になってきます。

ベースやアイメイクなどパーツ別に自然に仕上げる方法がありますその女の子の顔によって違いもあるのですが、80年代はファンデーションをつけないとか、アイラインを書かないとかそのお洒落女子によって様々な工夫があったんですよ。

僕は知りたがりな性質で、当時もう少しメイクに工夫したほうがより可愛くなるのになんでこんなスッピンでいいのか?とかいろいろと女子の顔を見て考えた物でした。仕事柄、一般の男性よりも女子の顔をまじまじ見ても許される職業なわけで、メイクとヘアってものは切り離せないものだと思ってもいたからですね。顔に似合うものでなければ可愛いヘアなんて作れないって思ってもいたからです。薄化粧というのは、その女子のパーツのどこを生かすかが鍵なんじゃないかって思ってもいました


齋藤 嘉弘さんの写真
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雑誌オリーブ

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雑誌オリーブの事を思うと、そういえばオリーブが1980年代〜90年代にかけてあった頃はお洒落に対する女の子の捉え方が現代とは違った時代背景があったと感じています。ファッション雑誌の影響はとても反映されていた時代で憧れや個性やそういうことが少女たちの夢や希望へと繋がっていた時代もあったんだとつくづく思います。

  齋藤嘉弘

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