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Blog 2015年6月アーカイブ

SAIKA22周年を迎えました



1992年にPARISでSAIKAの構想が練られました。単なるHAIR SALONではなくSAIKAというカルチャーを日本中に、そして世界中に知って頂きたいという思いがありました。HAIR、MAKEーUPはもちろんの事、SAIKAがつくり出す美術、音楽の選曲、ティーブレイクのための本物志向の珈琲や紅茶、ジャスミンティー。またはそれらのティーカップやソーサーのセレクト、SALON内の椅子やTableのインテリア関連のセレクト、植物から生け花にいたるまで、SAIKAに来店されたお客様にとってくつろげて、また世界のどこにもない安らぎの空間をそのときそのときの時代を先取りした提案をこれまでして参りました。
 
 ヘアに関する商材

ヘアに関する薬剤やシャンプー&トリーメントのセレクトにおいても常に最新の商品にシフトし、より現在にあったものにこれまで変えてまいりました。ですからSAIKAにご来店されている御常連のお客様においては、この前まで取り扱っていたシャンプーから新商品に変るなどということは多々ございました。もちろん、お取り寄せは可能なのですがSAIKAでは時代性をしっかりみつめてこれまでの商品と現在の新商品とを比較テストを繰り返しサロンに新しい商品として取り扱うシステムを導入してまいりました。と言うのは、毎年単なる新しい商品が発売されるには各メーカーそれなりの理由があるからです。日本の気候は温暖化の影響や精神的なストレスの時代性も含めて、薬品による化学的な損傷を髪が引き起こす場合もございます、そして日常的なストレスによる内面的損傷と両方を考えてシャンプーやトリートメントを選定しなければなりません。これはわたしが35年の美容師の経験から髪の事を研究してきた結果においてのセレクトでもあるのです。特にSAIKAではヘアカラーの薬剤は各メーカーの新商品を必ずチェックし髪にできるだけ負担のかからない発色のことを考え抜いた薬剤を使用しています。もっともチェックを厳しくしているのはパーマと縮毛矯正の薬品です。現在では思ったとおりの薬剤が発売されるようになった時代背景にもあります。パーマの先駆をSAIKAが東京でなにより早いのは、まだデジタルパーマが東京や関東圏内でなかった時代からSAIKAでは導入してきました。水パーマやクリープパーマも同じ事が言えます。SAIKAでの情報網は世界から、また全国からネットワークをもち情報をいち早く獲得しております。というよりも、きっとSAIKAが一番早い最新の技術システムを開発していると言っても過言ではありません。それだけ毎日、研鑽しているからでもあるのです。

 SAIKAの先駆的ヘアカットのテクニックの追求

 SAIKAがヘアのカットにおいて何故?最新かと言いますと、時代性にあったスタイルにあう技術でカットするからです。ドライカットにおいてもレザーカットにおいてもクリッパーカットも東京ではもっとも早くから導入してきました。これも世界中からの情報と研鑽によるものでもあります。

 SAIKAというカルチャーはヘアデザインを通じて皆様の生活を豊かにできるものであればと考えております。22年間の中で、おつきあい頂き、またそれ以前からおつきあいして頂いてる皆様のためにこれからもSAIKAは最新のよりよいものをご提供できればと思っております。SAIKAはきっとこれからも、世界中の美容師が考えもできない先を常に見据えて研鑽しているということを自負しております。何卒、これからの10年、20年・・・30年先の2054年の閉店までおつきあい願いたいと存じ上げます

 SAIKAディレクター 齋藤嘉弘

世界の中にこんなところがあるなんて!驚きました

サプール/SAPEURS
 
「世界一エレガントでかっこいいコンゴの男たち=「サプール(SAPEURS)」の本を購入し驚き、感動した。サプールの記事もまた本当に驚くことばかりです

SAPEURS 

「サプール」とは、コンゴ共和国の首都・ブラザビル郊外にあるバコンゴ地区を拠点にする、「オシャレで優雅な紳士協会」「エレガントで愉快な仲間たちの会」のことで、「エレガントであることにすべてを捧げる」という志向を持ったファッショニスタ集団を指す。彼らは、常夏のコンゴにおいて高級ブランドのスーツを身にまとい、帽子と葉巻やパイプ、ステッキなどの小道具とともに街中を練り歩く。

常夏のコンゴにおいて高級ブランドのスーツを身にまとい、帽子と葉巻やパイプ、ステッキなどの小道具とともに街中を練り歩く

「サプール」の原則としては、コーディネートに3色より多く使ってはいけないという鉄則があるという。このため、シンプルな色の組み合わせの中でいかに自らをカッコよく見せるかが求められる。「サプール」たちの中には貧しい者も多いが、月収の数か月分もする1着の高額で豪奢なブランドスーツを購入するためにしっかり働きお金を貯める。

シンプルな色の組み合わせの中でいかに自らをカッコよく見せるかが求められる

1920年代、フランス領コンゴの社会運動家アンドレ・マツワが、パリから首都ブラザヴィルへと帰国する際、パリ紳士の正装でブラザヴィルへと降り立ち、人々の度肝を抜いたことが、「サプール」へと発展した説が有力だが、これは定かではない。

事の詳細は分からないが、清潔感溢れる西洋の装いを見たコンゴの人々がその姿に憧れ、それに独自の美意識を反映させたものを着用するようになったことは間違いない。しかし、1960年の独立後の混乱で、このオシャレの潮流は一時途絶えてしまった。

独自の美意識を反映させたものを着用

「サプール」の特筆すべき特徴の1つは、外見に気を配ること以上に、紳士のルールを身に付けることを何よりも重視している点にある。「本物の紳士は、礼儀や優しさを知らなければならない」という考えのもと、名の知れた「サプール」たちは教養を身に付け、洗練された立ち振る舞いを体得する。そして、彼らは地元住人たちからもセレブリティのような羨望の眼差しを集め、尊敬されているという。

本物の紳士は、礼儀や優しさを知らなければならない

「サプール」が現れるのは休日がほとんど。そして、「最高に自分を着飾ってオシャレをする」「街をステップを踏んで歩く」、この2つが「サプール」の行動。しかし、彼らはこれで自分たちだけではなく、市民を勇気づけるエンターテイナーなのだ。

最高に自分を着飾ってオシャレをする
街をステップを踏んで歩く

また、「サプール」たちは決して闘わない。闘ってはいけないのだ。武器を捨て、エレガントに生きる。「サプール」たちは、オシャレすることへ強いこだわりを持つだけでなく、武器を持たずに平和を願う生き方を貫いている。戦争は大事なものを失うし、得られるものは何もない。「サプール」は軍靴の音は鳴らさない。

「サプール」たちは決して闘わない

生活感とは無縁のように見える「サプール」たちだが、オシャレをする日が終わってしまえば、翌日からは食事や洗濯に必要な水をバケツに汲みに行くような生活が始まる。「サプール」でいるときだけが、辛い生活を忘れることができる時間なのだ。

辛い生活を忘れることができる時間

そんな彼らをフィーチャーした写真集「SAPEURS the Gentlemen of Bacongo」が、6月中旬に発売される。この写真集は、イタリア人写真家のダニエーレ・タマーニが「サプール」の中心的人物に会って撮影したスナップと彼らへのインタビュー、また、「サプール」のファッションセンスに衝撃を受けたデザイナーのポール・スミスによる序文で構成されている。

SAPEURS the Gentlemen of Bacongo

決して裕福とはいえない生活を送りながら、エレガントであることに誇りと情熱を持つ「サプール」。そんな彼らの着こなし、そして生き様は、ファッションを愛するすべての人に多くのヒントを与えてくれる。

齋藤 嘉弘さんの写真
齋藤 嘉弘さんの写真
齋藤 嘉弘さんの写真
齋藤 嘉弘さんの写真
齋藤 嘉弘さんの写真


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